トルコ・イスラエル新婚旅行

                田村 知章

                           

[1] 旅立ち

 土曜の朝、皿洗いと洗濯と風呂掃除と耳鼻科の予約を同時に進行しながら考えた。どうしてこんな結婚をしてしまったのだろう。一体何か独身寮暮らしから改善されたものが有るのか?
 ああ、あの頃が懐かしい。濡れたパンツを干しながら思いは新婚旅行へと懐古していく。

 「いったいどうするんだ!」私は2人分のパスポートを成田空港南ウイングの床に叩きつけた。SATOEは涙を流しゲホゲホと咳こんだ。
「仕事を旅先まで持っていくつもりか!」
 SATOEは更に咳こんだ。結婚式(5月13日)の準備(ほぼ徹夜)で精力を使い果たしてしまい、次の日に片づけるはずの彼女の担当の編集仕事が全く出来なかった。
 そして翌日、出発の日(15日)が来てしまった。記事をFAXで送るつもりが、成田まで持ち越された。ここでの待ち時間で仕上げようとしていたのも激しい咳と発熱(38℃、体温計持参)で叶わなかった。
「もう止めよう。何もかも止めよう。帰ろう」
 SATOEはそれに答えずよろよろと立ち上がり、床に放りだされた2冊の赤い冊子を拾い上げた。
「行こう・・・」
 気分は真っ暗だったが、ここまで来てキャンセル、成田離婚というわけにもいかない。いっそ止めてしまえば?いや、結婚を止めたとて旅行には行きたい。行きたい場所だ。(現在の中東情勢を考えればこの選択は正しかった)私も立ち上がると荷物を引きずって空港使用料の自動支払機に向かった。私も精神的にはボロボロだった。

[2]空路

 トルコ航空593便(A310)は18時に成田を離陸した。
 機内にはクラブコスモポリタン、JTB、朝日旅行の3大旅行社のグループが固まって座っていた。トルコ航空は週2便だからツアーが相乗りする可能性は高いわけだ。だが私たちのW旅行社のツアーは二人(出発保証)だけ。
 バンコック、ドバイ(アラブ首長国連邦)を経由して遂にイスタンブール。朝8時40分。時差はサマータイム期間中−6時間なので20時間以上のフライトだ。
 途中4回の食事でお腹の中はグチャグチャ。SATOEの容体は出発より少しましな程度。咳き込んでいる。
 原稿どころではない。
ここで国内線に乗り換えてトルコの首都アンカラへ。A310エアバスのファーストクラスに座ること 2時間、アンカラで入関。
 ここからさらに! 車で5時間飛ばしてカッパドキアに到着。やっと着いたよー。外真っ暗だよー。
 ここでホテルに編集者からFAX が届いていた。明日までに記事をFAXしてくれとのこと。
 今や世界中FAXと仕事は付いて回るのか!この旅どうなってしまうのか?
 しょうがない。風呂にでも入ろう。ここでまた問題。私は着替えなどの準備はしっかりしてきたが、SATOEはろくな準備もせずに家を飛び出して来たため、下着は着てきたものだけだ。結局SATOEは風呂場で下着を洗い、窓際で夜明けまで原稿を書いていた。

[3]カッパドキア

 17日朝8時30分、ホテルから日本向けにFAXを送る。
 最初の観光地、カッパドキアに出発。雨と風で浸食された砂岩のつくり出す奇景に取り囲まれる。

(↓画面中央が私です) (画面中央が私です↑)  ここで飛行機で一緒だっクラブコスモポリタン、JTB 、朝日旅行のグループとまた一緒になった。向こうのガイドは我々のガイド、アブラハムさんのアンカラ大学日本語学科での同級生、ミネコさん。日・トルコの混血ではっきり言ってすごい美人。そのままグループに紛れ込んで一緒に解説を聞いた。2人だけの団体は小回りが効くのである。
 その3団体は一週間トルコを回るツアーだが、我々はこの間にイスラエルに行って帰って来なければならない。

         (↑画面中央が私です)

[4]絨毯

 奇景を見たあと、絨毯のセールスを受ける。流暢な日本語と、何か親には高いお土産を勝手置かなくてはというプレッシャーで買ってしまった。あれは高い買物であったかなあ・・
 翌日イスタンブール に戻り、ペラ・パレスホテルに泊まる。アガサ・クリスティーが「オリエント急行殺人事件」の取材に来たとき泊まったホテルで、ロビーに当時の写真が飾ってあった。
 古い、由緒有りそうなホテル。エレベーターは籠をロープで釣り下げただけで、エレベーターボーイなしには動けない年代物。
 トルコの男性(貿易商)と結婚したという日本人女性ガイドが「明日は イスラエル航空に乗りますから早起きですよ」そう、我々は神風特攻旅行団だ。

[5]チェック・チェック・チェック

 イスラエル航空の検査は厳重だった。「旅行目的は?
向こうに友達は居ますか? 荷物は自分でパックしましたか
?お土産は?それは貴方の前でパックされましたか?
ナイフなど尖った物を持っていませんか?
ホテルから此処までの間に誰かが荷物に触る可能性は有りませんでしたか?
旅行日程は?
たった3日間しかイスラエルに居ないのですか? 日本から何時間もかけてきたのに。
職業は?
(ええいもう、日本人は忙しいんだ!何十万円掛けてこようがスケジュールは3日間だ!おれはK社の社員だ!)
しかし一番揉めたのは、W旅行社のくれたチケットが行きと帰りで別々になっていることだ。「なぜ2枚も往復チケットが有るのだ?」「知らないよ!これは旅行社が買った物で私は知らない!これがスケジュール表だ!」
私は英語で叫びながら、日本語のスケジュール表を取り出して係員に見せた。彼は納得したのかカウンターに戻っていった。だが、今度は女性の係員が来て、また同じ質問をしてきた。もううんざりだ。俺たちを罪人扱いするな!

[6]イスラエル入国

 747に乗っている時間は2時間、検査と同じ時間だ。
しかも、お酒を要求したのにくれない。棚の中には小瓶が有るのを見たぞ。ケチ!
イスラエルは独特の雰囲気があった。乾燥した土地。首都エルサレムは丘の上の聖地。ヤハウエ様、キリスト様、マホメット様の縁の地。旧市街の門には、昔ヨルダン勢力がここまで攻めてきて、マシンガンをブッ放った跡が、わざと残されていた。

通り一つで宗教が変わり、時には相乗り。キリストが最期の晩餐をした場所は無宗教指定。キリスト教の中ではギリシャ正教が一番勢力が大きく、つぎがルーマニア国教会、カソリック・・・プロテスタントは入り込めず勝手にゴルゴダ丘(キリスト磔の丘)を見つけて御参りしているといった縄張り争いをしている。
 安息日でカメラ使用禁止の嘆きの壁(ユダヤ人最大の聖地)ではお祈りをするふりをして決死の隠し撮りを行う。

 ベツレヘムのキリスト様が生まれた馬小屋では、クリスチャン団体が「聖しこの夜」を歌う中でSATOEはいきむふりをした。
 イスラム教のモスクでは袖のない服は禁止なのでSATOEは雨ガッパの様な物を着せられた。まるで変な宇宙人(スターウォーズに出てきたジャワス!)みたいだ。
 しかしSATOEの職務怠慢による私の苦労は更に続くのであった。


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